南海トラフ地震の発生確率値【主張】9月4集(生保版)

南海トラフ地震の発生確率値
 地震調査研究推進本部地震調査委員会は、二〇一八年二月に長期評価による地震発生確率値の更新を行い、その結果を公表した。それによれば、南海トラフ地震の三〇年確率値がそれまでの七〇%程度から七〇から八〇%に改定され、マスコミ等で話題になった。これに関連して、中日新聞が二〇一九年一〇月から一二月にかけて掲載した記事によると、地震調査委員会の専門家会議で、地震学の研究者たちが南海トラフ地震だけ、他の地震と異なる信頼性に疑義ある方法を採用している。他の地震で採用されているのと同じ方法に従えば、南海トラフ地震は、二〇%程度にしかならないので、二〇%程度まで下げるべきであるとした。しかし、専門家会議に参加している防災学の研究者たちが、地震発生の切迫性を強調する必要があること、予算を獲得する必要があることなどを理由に押し切り、七〇から八〇%だけが公表されたことを明らかにした。その後、この記事を執筆した記者が日本科学技術ジャーナリスト会議の科学ジャーナリスト賞二〇二〇を受賞した。しかし、地震調査研究推進本部は、この問題について何らの見解も明らかにしておらず、主要なマスコミもこの問題について積極的に採り上げてはいない。
 もし、この記事のとおり南海トラフ地震の信頼性の高い三〇年発生確率値が二〇%程度であるとしたら、その影響はさまざまな面に及ぶ。これまで国民の中には南海トラフ地震が最大で喫緊の地震と信じて、その対策に努めてきた人も多いだろう。その結果、他の地震や災害が相対的に軽視されたり、非合理的な資金の支出を強いられたりした可能性も否定できない。このようなことは、国民だけではなく、政府、地方公共団体、企業などの場合もまったく変わらない。ことに、生命保険会社の場合には、このような大地震は死亡保険金等の支払いだけではなく、資産運用などの面にもきわめて大きな影響を及ぼすだけに、問題は重大である。このように、この数値は、企業や国民にとって極めて重要な意味を持つ。地震調査研究推進本部は、この点について、その事実、経緯などの詳細を明らかにする必要がある。
 こうした報道が事実であれば、防災学の研究者たちは、自らの論理性を放棄したばかりか、地震学の研究者の論理をも打ち壊したことになる。こうしたことは、研究者としての矜持を捨て去るものでしかなく、長い目で見たらその信頼を失い、国民のためにもならず、専門的な研究者の発言が軽視されることにもつながる。近年、新型コロナ・ウイルス感染症への対応に当たっても、専門家の意見が軽視されるなど、そうした事例が散見されるだけに、研究者としては心する必要があろう。それ以上に、政府などは、研究者の意見を真摯に受け入れる必要がある。
             (客員・宇野)